大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成4年(あ)1154号 決定 1994年7月04日

本店所在地

福岡市博多区下川端町二番一号 エイワビル3F

有限会社ポート・ハウジング

右代表者取締役

松屋博美

本籍

福岡県糟屋郡粕屋町大字長者原二一〇番地

住居

同所三三四番地の一

会社役員

松屋博美

昭和二四年六月二二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成四年一〇月二〇日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人井上正治の上告趣意のうち、違憲をいう点は、原審において主張及び判断を経ていないものであり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大石勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 高橋久子)

平成四年(あ)第一一五四号

○ 上告趣意書

被告人 有限会社ポート・ハウジング

(右代表者代表取締役 松屋博美)

同 松屋博美

法人税法違反被告事件

平成五年三月三〇日

右弁護人 井上正治

最高裁判所第一小法廷 御中

第一 原判決は、その理由において、

「本件は、不動産業を営む被告人有限会社ポート・ハウジング(本件各犯行当時の商号は、有限会社粕屋ハウジング、以下「被告会社」ともいう)の代表取締役として、その業務全般を統括していた被告人松屋が、被告会社の業務に関して法人税を免れようと企て、他人名義などで行った不動産取引等から得た利益を同社の簿外資金として秘匿したうえ、昭和六二年五月一四日から同六三年四月三〇日までの事業年度における被告会社の所得金額及び課税土地譲渡利益金額がそれぞれ一億五七七六万五九二五円及び二五八七万六〇〇〇円であったのに、右各金額がそれぞれ二一五万六五二五円及び二〇六一万円で、これらに対する法人税額が五九四万三八〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を博多税務署長に提出し、同事業年度における正規の法人税額のうち、六七一一万六五〇〇円を免れ(原判示第一の事実)、また、平成元年五月一日から同二年四月三〇日までの事業年度における被告会社の所得金額及び課税土地譲渡利益金額がそれぞれ九億六七四九万三五二九円及び八五一五万三〇〇〇円であったのに、右所得金額が一五〇七万八三二四円で、これに対する法人税額が四六一万三三〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を同税務署長に提出し、同事業年度における正規の法人税額のうち、四億〇六四八万〇六〇〇円を免れた(同第二の事実)という事案であって、右各犯行における逋脱率は、原判示第一の事業年度において九一・八パーセント余り、同第二の事業年度においては九八・八パーセント余りと極めて高率であるうえ、逋脱額も、二期分合計で四億七三五九万七一〇〇円もの巨額に上ること」

とか、

「被告会社が所得の隠匿を図った不動産取引においては、他人名義を利用するだけでなく、知人をして取引き相手との契約立ち会わせるなど、相手方に被告会社との取引であると悟られないようにしたり、名義料を支払ってダミー会社を利用するなど巧妙な偽装工作をし、また先物商品取引や証券取引では、他人名義や架空名義を使用するなどしており、その犯行態様は計画的で悪質なことなどの事情を併せ考えると、犯情は甚だ良くなく、被告会社及び被告人松屋の責任は重いといわざるを得ない。」

と判示している。

第二 原判決には刑訴法第四一一条一号ないし同三号の事由があって破棄されなければ著しく正義に反する。

一 被告人松屋が「被告会社の業務として」商品先物取引をなしたのではない。本件を「法人税」法違反に問うならば、次の二点に疑問が残る。

まず第一は、本件において執られた他人名義による不動産売買、架空名義の有価証券売買および架空名義の商品先物取引、そのうちとくに商品先物取引が被告会社の『営業目的』に含まれるか否か。

第二に、被告人松屋博美は被告会社の資金を流用して本件取引をなしたものであったとしても、被告会社の資金を流用したことでもって被告会社の名においてなされた取引と簡単に結論しうるだろうか。

二 先ず後者の点から検討してみることとする。

被告会社の資金が流用されて、他人名義による不動産売買、架空名義による有価証券売買、商品先物取引がなされたとしても、それは被告会社の資金が流用されたというだけであり、それをもって直ちに被告会社の名においてなされた営業とみなくてはならないとするならば、そこには余りにも論理の飛躍があるのではないかといわざるをえない。

かくて指摘しておきたいことは、本件では、被告会社の代表者である被告人松屋博美は被告会社の資金を流用して他人名義による不動産売買、架空名義による有価証券売買、商品先物取引をなしてはいる。そのばあい、被告会社の代表者である同被告人に、違法性の観点からして、それが有限会社法七七条一項の「取締役の特別背任罪」を問わなければならないばあいがあろう。会社の代表者が自ら会社の資金を流用して他人名義により取引をなしたというとき、それが「取締役の特別背任罪」の成否を問題としなければならないほどに合理的なワクを越えているばあいには、そこには会社の行為とみられるものはないといわざるをえない(後述三の2参照)。会社の代表者が会社の資金を流用したばあい、それが会社の行為といわれうるかどうかには、右のように質的な検討を要する問題が残るのである。

三 次に、不動産売買、有価証券売買、商品先物取引等が被告会社の「有限会社ポート・ハウジング」の営業目的に入るかという問題を検討してみよう。

被告会社の営業目的は、『不動産の売買等および建築一式の工事等』と規定されているのであり、それ故、他人名義による不動産売買であれば、他人名義であれ不動産売買という点に限って考えると、被告会社の営業目的に入るといわれうるだろう。

しかし、有価証券売買や商品先物取引が被告会社の営業目的に入るかどうかは、右の不動産売買のばあいとは違って慎重な検討を要する。とくに、商品先物取引については尚更のことである。

1 先ずこの営業目的ということについて、判例の傾向をみておこう。

民法四三条の「目的の範囲内」を会社に適用するに際し、だんだんと広く解するという傾向がみられて来た。判例においては、最初は目的の範囲を厳しく定款に目的として記載された事項に限ろうとしたが(大判明三六・一・二九民録九輯一〇二頁)、その後は、目的を達するに必要な行為であれば足りるとなし(大判大正元・一二・二五民録一八輯一〇七八頁、同大正二・六・二一民録一九輯四七一頁、同大正三・六・五民録二〇輯四三七頁)、その後はその目的ということについては定款に記載された文字にこだわらず、記載の分言から推理演繹しうべき一切の事項を含むものと解するところまで来た(右の大正元年の判決参照)。その上、特定の行為が右の意味における目的の範囲に入るかどうかについては、最高裁判所の判例は次のようにいう。「定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に局限されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否は、当該行為が目的遂行上現実に必要であったかどうかをもってこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである(最高裁…昭和二七年二月一五日第二小法廷判決・民集六巻二号七七頁、…同三〇年一一月二九日第三小法廷判決・民集九巻一二号一八八六頁参照)」として、もっぱら行為の客観的性質によって抽象的に決定すべきものとされた(大判昭和一三・二・七民集一七巻一号五〇頁、最高判昭和二七・二・一五民集六巻二号八〇頁)。

かくして、銀行のなす手形の支払保証・荷為替保証、生命保険会社のなす株式や公社債の売買、織物販売会社が取引のためする手形振出・資金の融通・担保の供与、鉱物の採掘販売を目的とする会社が各種の物資を集めて他に売るブローカー的仕事を行うこと(東京高判昭和二八・八・五東京高判決時報四巻四号民一一六頁)、倉庫業および建物施設の賃金を目的とする会社が靴下の売買を行うこと(東京地判昭和三〇・一・二八下級民集六巻一号一二五頁)、なども目的の範囲内の行為とされるに至った。のみならず、会社の政治献金もその目的の範囲内の行為であると認定されている(最高裁昭和四五年六月二日大法廷判決・民集二四巻六号六二五頁)。

2 そして、一つの会社が政治献金をしたとき、どの範囲内であれば、取締役の忠実義務に違反しないかという点について、次のごとき判示がある。

すなわち、

「その会社の規模、経営成績その他社会的経済的地位および寄付の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額を決すべきであり、右の範囲を越え、不相応な寄付をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべきである……」と。

この判旨は、取締役の忠実義務違反について問おうとするものであって、会社の営業目的の問題とは関連がないかにもみえる。たしかに、取締役が忠実義務に違反しても、その取締役がなした行為が会社の行為とみられる場合はあるだろうが、しかし、右の判旨に則していえば、「諸般の事情を考慮して…合理的な範囲を越え」ることが著しい場合には、単にその取締役の忠実義務に違反するばかりでなく、その違法性からみて、むしろ特別背任罪の問題となることがあり、それでは会社の行為とはいえなくなると考える。

本件においてこれをみると、少なくとも架空名義の商品先物取引は、この商品先物取引というものの危険性からみて、それに被告会社の資本金が三〇〇万円の有限会社という余りにも小さな組織にすぎなかったことを併せ考えるとき、それは合理的な範囲を越えるものといわざるをえず、それでは不動産売買、建築等を営業目的とする被告会社の営利活動というわけにはいかない。

四 商品先物取引は、先物を実際の取引価格の一ないし二割の保証金で取引し、売買の差額で決済する取引のことであって、相場の変動によって損益が出る仕組みになっている。いわゆる投機取引であって一時成功したようにみえても結局失敗に帰する性質のもので、取引の七割は損失を被るという(自由国民社ビジネス法律用語の基礎知識-商品先物取引の項参照)。損失を被ったばあいには委託保証金を失うだけでなく、更に損金の穴埋めもしなければならない。

それ故、静岡地裁昭和四九年(行ウ)第七号事件のように、商品先物取引による利益は所得税法上の所得に該当せず非課税であるとする主張すらなされる余地がある。この取引を続けていくと、いずれは損になって出ていく性質のものであるから実質的にみて個人に帰属した利益とはいえないものであり、いわば仮受金的なもので一暦年を課税単位期間とする法にいう所得の概念になじまないというのである。右主張もあながち無視しえないものがある。

五 ところで、被告人松屋は、商品取引員北辰商品株式会社に差し入れた受託契約準則にいう「約諾書」および「通知書」の「氏名または商号」欄に被告人松屋の個人名を記載し、「住所又は事務所の所在地」欄にわざわざ同人の住所福岡県糟屋郡「粕谷町大字長者原三三四番地の一」と記載して、識別していた。

また、被告人会社の第一期決算報告書添付の付属明細書「借入金及び支払利子の内訳書」をみると、被告人松屋が杉本英利名義で金六五〇〇万円を被告会社に貸付けたことが報告されている。右金員は、翌期中の商品先物取引に拠出した金九六〇〇万円の一部に供するため、被告人松屋に返済され(第二期決算書付属明細書参照)、右六五〇〇万円は、商品先物取引の委託証拠金として拠出された。右金六五〇〇万円は被告人松屋の資産であって平成元年四月期期中増減の確定金額金九六〇〇万円の六七パーセント強に当たる。

右は「被告会社の業務に関して」拠出された金具ではないことの証左である。

右に反する被告人らの自白は、いずれも強制されたものにほかならない。

六 したがって、原判決理由中、原判示第二の事実のうち、会社に帰属しない商品先物取引により得たとされる被告会社の所得金額より金七億八四四四万五七二九円は、控除されなくてはならない。

すなわち被告人らは商品先物取引につき無罪である。

七 よって刑事訴訟法第四一一条一号ないし三号により原判決は破棄されるべきである。

第三 法人税法第一五九条は、刑罰法規の明確性を欠き憲法第三一条に違反する。

一 逋脱犯の構成要件である「偽りその他不正の行為」がどのような内容をいうかは、必ずしも明らかとはいえない。

最高裁は、逋脱の意思によってなされた場合でも、単に確定申告書を提出しないという消極的行為だけでは「不正の行為」に当たらないとなし(最判昭二四年七月九日刑集三巻八号一二一三頁)、次いで「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは困難ならしめるような何らかの偽計その他の工作を行うこと」をいう(最判昭四二年一一月八日刑集二一巻九号一一九七頁)、として一応の基準が示された。

しかし、それではいまだ構成要件的にあいまいすぎる。

二 その後最高裁は、過少申告行為は単なる所得不申告の不作為にとどまるものではなく、「詐欺その他不正の行為」(昭和四〇年法律第三三号改正前)にあたる(最判昭四八年三月二〇日刑集二七巻二号一三八頁)と判示した。

そもそも不申告にしろ、過少申告にしろ、逋脱の意思があることに変わりはない。むしろ、過少申告により税の一部を免れるよりも、不申告で税をまったく免れるほうが悪質ではないか。依然としてあいまいさが残る。

三 逋脱犯は、「偽りその他不正の行為」により脱税をすることであるが、単純不申告はこれに当たらず、単純過少申告はこれに当たるとの結論の違いは、通常の判断能力を有する一般人の理解において可能であろうか。

最高裁は、公安条例の規制する蛇行進が「交通を維持すること」に違反するかどうかが問われた徳島市公安条例事件(最判昭和五〇年九月一〇日刑集二九巻八号四八九頁)において、

「ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合当該行為がその適用をうけるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによってこれを決定すべきである」

(最判昭和五〇年九月一〇日刑集二九巻八号四八九頁)

と示唆にとんだ『刑罰法規の明確性』の基準を示した。

右基準に比して法人税法第一五九条にいう逋脱犯の構成要件は明確性に欠け憲法第三一条に反すると思料する。

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